黙想の糧(6月16日)
使徒2:17

神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。

「すべての人に」

 「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。…」(使徒2:17)ペトロが五旬祭の日に語ったヨエル書3章の言葉です。ペトロはその説教の終わりでは次のように語ります。「悔い改めなさい。めいめい、イエス・キリストの名によって洗礼を受け、罪を赦していただきなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けます。」(使徒2:38) この流れからもわかるように、ペトロがヨエル書を引用して語りたかったことの中心は、「悔い改める」ことです。ところで、ヨエル書には「悔い改め」という言葉はありませんが、「立ち帰る」という言葉がそれを言い表しています。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ 断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく お前たちの心を引き裂け。」(ヨエル2:12-13)
 ヨエル書は、4種類のいなごの襲来に「主の日」と呼ばれる終末の日を見ています(1:15,2:1)。その終末は厳しい審判であると同時に、回復の時と考えられています(2:21~)。ヨエルは、その審判の前に、立ち帰りなさい、神の霊がすべての人に注がれるのだからと語ったのでした。しかし、ヨエルが語る審判は異邦人のみの間で行なわれ、それもイスラエルのための審判と理解されていますから(4章)、ヨエルが語る「すべての人」は、選民イスラエルに限定された意味で使われています。
 しかし、あの五旬祭の日に、ペトロが語った「わたしの霊をすべての人に注ぐ」の「すべて」とは、全世界を包み込む「すべての人」です。ペトロは「すべての人の悔い改め」を語りました。聖書が語る悔い改め(メタノイア)とは、“心(自分のすべて)の向きを変える”が語の意味です。ペトロはこの説教で、変えるべき心の向きとは、「あなたがたが十字架につけて殺したイエス」だと語っています(使徒2:36)。