2018.12.23(クリスマス礼拝)
ルカによる福音書1:26〜38
「クリスマスをあなたに」(WEB用に)


おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。…
わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。
(ルカによる福音書 1:28、38)

今日はクリスマス礼拝ですけれども、実際の暦上はまだ今日はアドベントの期間です。ただ、教会の多くは25日に最も近い日の日曜をクリスマス礼拝としているところが多いと思います。なんとなく、クリスマス礼拝が今日で、明日がイヴっていうのが変だなぁーと思うかもおられるかもしれません。逆じゃないかって。それは、日曜を中心に行事を設定していることと、あとは地域の方々への伝道の配慮が関係しています。ただ、日本キリスト教団の教会暦では今日はアドヴェント4週として説教箇所が選ばれています。私もなるべく教団の教会暦の意図に沿って今日だけは(?)、聖書箇所を取り上げてみます。

私ふと先週思い立って、昔の谷村教会のクリスマスはどんなだっただろうと思って調べてみました。と言っても、皆さんご存知の時代だとそういうこともあったなぁで終わってしまうので、うーんと古い時代、もうすぐ平成も終わることもあるし、その前の昭和の始まりの頃はどんなだっただろうと思って調べてみました。

教会には、過去のたくさんの資料が残っています。昭和元年のクリスマスのものは見つけられなかったのですが、2年のものは見つけました。1927年です。それによると、この年の12月25日がちょうど日曜で第四アドベントとクリスマス礼拝が重なって礼拝が行われていました。この時の谷村教会の牧師は山口徳夫先生で、谷村では2年間奉仕されています。
この年の12月11日が第二アドヴェントなのですが、この日が谷村教会の前の前の教会でしょうか、献堂式になっていて、35名の方が礼拝に集ったことが記されています。この頃谷村では夕礼拝もしていて、第三アドヴェントの夕礼拝は夜7時半で、説教者が皆さんの多くの方はご存知の片桐吾郎さんとなっていました(この方は100歳過ぎても礼拝に出られていた。おそらくこの時の片桐さんは20代?)それで、夕礼拝の出席者は、男9名、女2名の計11名と記されていました。

そして25日のクリスマス礼拝ですが、午前10時の礼拝は、男一人、女二名で計3名です。夕礼拝は男5人、女4人で計9名。その時の山口先生の記録が残っていて、
「神よ、我が家に帰る幼子のごと、人々を御前に集わせたまえ、アーメン」と記されていました。

そして28日の水曜日に、6名で、5時半から「信徒の熱したるもの、冷えたる者、求道者諸氏」の家々を巡ったとありました。そして「諸人こぞりて」を合唱して20件近くの家々を巡ったことが記されています。またその週の30日の金曜夜7時にクリスマス祝会が開かれて、200名近くの未曾有(みぞう)の盛況という言葉が残されています。さらに31日は、除夜会を行ったとありました。

この記録を読んでいて、昭和初期の谷村教会。会堂が与えられたけれども、礼拝出席者が思うように与えられない、そんな山口牧師の「我が家に帰る幼子のごと」という言葉や「信徒の熱したるもの、冷えたる者」という言葉に、伝道の厳しさを感じさせられます。しかし同時に、別の日に行った「夜7時のクリスマス祝会」には200名近い人々が集まっていて、山口牧師は「未曾有の盛況」と言葉を残されたように、困難な中にも、神が恵みを注いで下さっておられたことを、記録を調べていて思わされました。

クリスマスの午前の礼拝は3名です。たぶんご家族だけだったのかもしれません。そんな中で牧師は神に祈り求めました。「我が家に帰る幼子のごと、人々を御前に集わせたまえ。」牧師はその最後に、アーメンと祈りの言葉を記しました。ただ懇願したのではなくて、アーメンを書き添えているのです。神様は必ず与えてくれる、今はわからないけれども、あなたの約束は必ずアーメンになる。そう思っていたと思います。
そして200名の人が祝会に集ったのです。その大きな大きな喜びが「未曾有の」という言葉に溢れているように私には思えます。

今朝読まれた福音書は、マリアという女性に、イエス様の誕生が告げられるところです。カトリックでは聖母マリア、無原罪の女性としても語られる人ですが、聖書から読み取れるマリアという女性の一面は、とても貧しい環境で生まれ育てられたということでしょう。たとえば、48節で「身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです」とあります。これは謙遜で言っているような言葉ではなくて、マリアという人は本当に身分の低いところに置かれていた人だったのだと思います。

それと意外に気づかないのはマリアという名前のことです。聖書では名前がその人の生まれた時の状況、そしてその状況の中からの宿命のような形でつけられます。創世記では、例えばノアは慰め(5:28)、モーセは引き上げるという意味で名づけられています。これは詳しい話はしませんが、生まれた時の状況がすごく反映されている名前です。

マリアという名前は、日本語としては綺麗な響きを持っていますが、ヘブライ名はミリヤムです。ミリというのは、語根はマーラーで、これは「苦い」という意味です。そして「ヤム」というのは「海」のことです。つまりマリアという名前は、このイエス様の時代とても多かった女性名と言われますが、日本語で訳すと「苦い海」です。聖書では、「海」もあまり良い意味では使われません。

そのマリアにある時天使が現れたのです。「おめでとう恵まれた方、主があなたと共におられる。」天使のこの言葉に、「マリアはこの言葉に戸惑い、一体この挨拶は何のことかと考え込んだ」と29節に書かれています。戸惑ったというのは、心が乱されたというのが本来の意味です。なぜでしょう。子どもができてしまったからでしょうか?それは違います。この段階では、まだマリアには受胎のことは天使から伝えられていません。マリアに受胎が告げられるのはその後です。

では、どうしてマリアは戸惑ったのでしょうか。それは、自分の人生はこれからずっと「苦い海」という宿命的なものを背負って生きていくはずなのに、「恵まれた方」と言われたからなのです。マリアはそんな言葉をこれまでの人生の中で聞いたことはなかったのです。

今日は、このところから私たち、神様からのメセージを受け取りたいと思います。

私たちは皆それぞれ、名前を持っています。その名前は、親の願いや期待が込められている人がほとんどでしょう。聖書の中の人たちのような、たとえばヤコブなんていう人がいますが、彼は双子だったんです。兄はエサウという人です。それで、生まれるとき、エサウのかかとをつかんだというんですね。俺が先に出るなんて意思表示を見たんでしょう。それでつけられた名前が「ヤコブ」アーケーブという「掴み取る」から名前が付けられています。そしてそれからのヤコブは、本当にこの「掴み取る」生き方の中で大変な試練を経験していく人になっていくんです。

私たちはそのような、宿命的なことを自分の名前に求める必要はないし、こだわることもないように思います。でも、私たち知らず知らずのうちに、自分で自分の品定めをしているということはないでしょうか。あるいは、誰かに対しても自分の価値観や経験で、あの人はあーゆう人だと決めつけてしまうことってないでしょうか。

特に、今この時代、いろんな人が、それも顔を見せずに、言葉だけで相手を平気で決めつけて、傷つけてしまうような時代です。今の時代、以前にも増して、自分が自分という存在の置き場所を見つけにくくなっているように思うのです。だから、人の目がこわいのです。そして、こわいから嘘をつくようになる。言い換えれば、本当のことが言えなくなってしまうのです。

人の目が恐いから、世間からダメな人と言われたくないから、そう思って、でもそれでもって頑張っている人がたくさんいます。でも頑張ったけれども出来ない人もたくさんいます。そんな時です。私たち、時にその人の気持ちなど全く考えないで言ってしまうんです。
「お前は必要ない、いらない」って。

マリアはこの時代、その他多くの娘のように、自分も貧しくて当たり前で、これからも苦くてしょっぱくて飲み込めないような人生がずっと続くと思っていたのです。だって、そういう名前なんだから。でもそのマリアに、天使は言ったのです。
「おめでとう。恵まれた方。」

あえて天使はここで、マリアという名前は言わないのです。あなたの人生、自分で決めつけるな。あなたは苦くなどない。あなたは神にあって恵まれた方。だから喜べ、天使はそう言ったのです。

この時のマリアはまだ15、6歳でしょう。当時は12歳で婚約できる年齢ですから。このあと、受胎のことが告げられます。マリアは最初、そんなことあるわけないって言いますよね。34節で。でもマリアは、37節でこう言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように」と。
お言葉どおりというのは、声のことじゃないのです。これは「出来事」という意味なんです。人間的に見たら、非難されること、馬鹿にされること、お前なんかいらないって言われる妊娠。それがマリアの現実に起きたのです。律法に照らせば死刑です。でもマリアは、その出来事に、その出来事を通してしか見えない、神の恵みを見ようとしたのです。

私たちも、神のことば、イエス様の言葉を聞いています。信仰というのは「キリストの言葉を聞く」ことなんですね。聖書にそう書いてありますから。でもそうは言っていても、私たち、なんて人の声や人の評価を気にしやすいのでしょう。また、自分の中からの声に、もうダメだって声に、支配されやすいものでしょうか。

イエス様は、マリアという苦い海の中に宿られたのです。このマリアは、私たちのことでもあるんです。私たちもたくさん経験する苦い海があります。もう溺れ死んでしまうようなこともたくさんあるでしょう。でも神のことばを聞くということは、そのような辛い苦しい出来事を通しても、そこから神を仰ぎ見る時に、必ずその出来事は、神の御心の中で動いていくことを信じるということなのです。

谷村教会の1927年、昭和2年のクリスマス。午前の礼拝は3名でした。でも牧師は祈りました。「我が家に帰る幼子のごと、人々を御前に集わせたまえ、アーメン」。
90年前の谷村教会のクリスマスです。この時の祈りは、マリアが2000年前に祈った祈りと同じではないでしょうか。「お言葉どおり、この身になりますように。」

私たちも祈ろうではありませんか。「神よ、あなたの言葉が、この谷村教会の上になりますように。そして私の人生の中になりますようにと。」そうであれば私たちの祈りは、100年後の谷村教会につながっていきます。

イエス様を迎える第4アドベント。明日はイヴ礼拝です。寒い夜かもしれません。これない方もおられるかもしれません。でも夜7時、どうぞ、それぞれの場所で祈りを合わせて欲しいのです。「あなたの言葉がこの身になりますように」と。
このことばこそ、神様が願われている、神の喜びの言葉なのですから。