黙想の糧(2月10日)
ペトロの手紙一 1:1

イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地に離散して仮住まいをしている選ばれた人たちへ。

「仮住まいの選ばれた人たち」

  ペトロの手紙一は、1:1で「仮住まいをしている選ばれた人たちへ」とあるように、「仮住まい」という言葉に特別な思いを込めています。この言葉は、旧約聖書では寄留者(ゲール)という言葉で、一時滞在者、特に人の助けがなければ生きれない人々のことを指します。レビ記19:33-34や申命記10:19では、「寄留者を愛しなさい」と神は語られていて、その動機は、「あなたたちもエジプトで寄留者であった」からと語られています。聖書の民は、ヘブライ民族と言われますが、ヘブライという言葉はイブリーという言葉で、「(川を)渡る者」という意味があります。そこには「寄留の民」の萌芽があるのかもしれません。
 旧・新約聖書を貫く信仰者の生き方は、「旅をする」生き方です。必ずしもどこかに出かけるということではなく、「私は神の助けによって生かされている」という、恵みに応答する自覚的な生き方です。ただし、その生き方は、自分はこれだけやっているというような、自己充足的な生き方でもないし、反対に、何もしないという生き方でもありません。
 ルカ10章でイエス様に派遣された弟子たちが、イエス様の名前を使うと悪霊が屈服して大喜びしたことが書かれています。イエス様はそのとき「…喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」と言われました。今日という日には喜びも悲しみもある。でも「むしろ」その喜びや悲しみを自分のものとするのではなく、天へと導いてくださる「神の恵みの物語」として感謝しよう。イエス様はそのように言われたのでした。私たちも、恵みによって選ばれた寄留の民として、今日という日を旅しています。