黙想の糧(6月21日)
マルコ1:14〜15

ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。

「悔い改めて、福音を信じなさい」

 「心を神に回して、福音(イエス)の中で信じなさい。」
冒頭タイトルの言葉の意訳です。
福音を信じることは「自分の命」を救うことだとイエス様は語ります(マルコ8:36)。
自分の命とは、自然の命ではなく、
神が大切に思っている本当のあなた自身(命)のことです。
それを聖書は「永遠の命」という表現でも語ります。

 魚は、水の中で泳がなければ死んでしまいます。
魚は水中にある酸素を取り入れて呼吸をします。
信仰の世界もそれと似ていて、水という福音の中で、その水の中の恵みによって生きるのです。
水中から飛び出て陸に上がろうとすれば命は断たれてしまいます。

 私の中には、生きてきた年数分だけ私が刻まれています。
人生で遭遇した幸いや災いも記憶されています。
しかし、いつかそれらのことは忘れられていくでしょう。
でも、神の水の中で呼吸して泳ぐ人を、神は忘れることはありません。
泳ぎ方のうまい下手で悩んだ人生だったけど、
そのあなたと一緒に泳ぎ続けて、あなたを向こうの岸へとたどり着かせてくださいます。

 パウロは、「信仰は、キリストの言葉を聞くことによって始まる」と語りました(ローマ10:17)。
マルコは「福音の中で信じる」と語ります。
十字架のイエス・キリスト。あなたの罪を赦すために命を捨てた方。
その限りなく深い愛の水の中で生きていこう。
その神の招きに生涯通して心を回せる人が、
悔い改めの人なのだと思います。
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「イエス・キリストが、『悔い改めよ』と言われたとき、主は信じる者の
全生涯が悔い改めの生涯であることを望みたもうたのである」
       (マルティン・ルター「九五箇条の提題」最初の言葉)