黙想の糧(8月4日)
歴代誌下16:9

主は世界中至るところを見渡され、御自分と心を一つにする者を力づけようとしておられる。この事について、あなたは愚かだった。今後、あなたには戦争が続く。

「戦争が続く」

 旧約聖書を原文で読むと、日本語からは想像もできない言葉の広がりに驚かされることがあります。その一つが「戦争」と訳される言葉です。ヘブライ語の基本形は動詞なのですが、この戦争と訳されたヘブライ語の動詞は、「戦う、攻撃する」という意味と、「(パンを)食べる」という意味を持つ「ラーハム」という言葉です。聖書で戦争と訳される言葉の奥深くには「食べる」という、人間の生存との密接な関係があるようです。「食べる」ことを脅かされる時、人や国は戦争を考える。そのようなことを聖書の民は、見つめていたのかもしれません。
 冒頭の聖句は、紀元前9世紀頃の南ユダ王国のアサ王に語られた言葉です。王国分裂後の王の中では、数少ない、神への敬虔さが称えられた王の一人が、アサ王です。しかし、彼もまた「食べる」ことへの戦いから、神の平穏を失っていく(聖書はそれを不信仰と見ている)一人でした。
 イエス様は、宣教の開始でサタンの誘惑を受けた時、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。」と言われましたが、この言葉こそ、私たち人間が戦争へと向かわないための大切な教えがあるように思います。
 預言者アモスは、「主の言葉を聞くことのできぬ飢えと乾き」(アモス8:11)と語って終末の様相を預言しました。食べるパンを追い求めるあまり、霊的なパン(主の言葉)を見失わないようにしたいと思います。聖書の言葉は真実です。