黙想の糧(12月15日)
詩103:1〜2

わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」

「降誕祭から新年へ」

 一年が終わります。先週は主の降誕が祝われました。この時期は、古代人が「太陽が死ぬ日」だと思った冬至の日と重なります。すべての木々の葉も落ちて、降り積もった雪がその上を覆う時です。
 「キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。 」(口語訳ピリピ2:6−8)
 「神のかたち」が「僕のかたち」となり「十字架の死」に至った。ある説教者が、主の誕生は、ひとつの没落にほかならないと言われたことを思い出します。主の生涯は没する太陽に似ています。栄光に輝く神の子が、僕のかたちにおいて、十字架の死をとげるための誕生でした。イエス・キリストは、人に仕え、死ぬために生まれてきたのです。
 冬至の昼は弱い光で短く寒い。夜は長く暗い。その自然の風合いが、私たちの内面の象徴と結びつけられて、教会は主の降誕を祝ってきました。2019年、内に外に厳しい一年の終わりに、自分自身と自分の愛する者すべての一年の生活を、主の降誕の恵みの中で祈れる幸いを心から感謝します。
 降誕祭は、春の復活祭を目指しています。「新年」はこの降誕祭と復活祭の間にあります。私たちのために降誕された主の恵みを受けて、私たちのために主が復活された祝福を前に望みつつ、新しい一年の最初の一ページが開かれようとしています。「わたしの魂よ、主をたたえよ。わたしの内にあるものはこぞって聖なる御名をたたえよ。わたしの魂よ、主をたたえよ。主の御計らいを何ひとつ忘れてはならない。」(詩103:1〜2)