黙想の糧(9月1日)
ヨエル書2:23-24

主はあなたたちを救うために秋の雨を与えて豊かに降らせてくださる。元のように、秋の雨と春の雨をお与えになる。麦打ち場は穀物に満ち 搾り場は新しい酒と油に溢れる。

「雨は二度降る」

 この夏の休暇を過ごした長野、新潟は毎日が雨模様でした。春から夏、夏から秋へと変わる季節の移ろいの中で、今年の夏は短かったという声も聞こえてきそうです。
 聖書の舞台となっているパレスチナ地方では、農作物が育つためには雨に頼るほかありませんでした。川や湖は人々の住む高地よりもずっと低いヨルダン川周辺に限られていて、農地に水を引くことができないのです。
 日本での秋は作物の収穫をする時期ですが、聖書の世界の人々には、これから一年の農作業を始めるときです。種まきの季節です。真夏の太陽が照りつける、焼けるような乾燥した季節がすぎて、11月にようやく降る雨は、秋の雨と呼ばれます(聖書には「冬」に相当するヘブライ語はありません)。
 そして、翌年の3月末ころまでの間が雨期で、一年の降水量の8割がこの5ヶ月に降ります。といっても年間5、6百ミリメートルですから、天候が不順で少しでも雨が降らないと、たちまち農作物は枯れてしまいます。だから、聖書の民にとって特に大切な雨は、雨期の後の4月と5月の2ヶ月の間に降る雨、春の雨(後の雨)です。秋の雨に続いて、この春の雨が降らないと、一年の仕事が水泡に帰すばかりでなく、翌年まく種もとれず、大災害になります。
 聖書は繰り返し、「ふさわしい時期に雨を降らせるのはわたしだ」と語ります。(ホセア6:3、アモス4:7〜9、ヨエ2:23など)ヤコブ書5章では、秋の雨と春の雨をイエス様の訪れの時と重ねて語っています。そこで必要なことは、忍耐だと語ります。
 神の恵みがわからなくなるときがあります。恵みの雨はもう降らないと諦めてしまいそうになることもあります。しかし、必ず雨は2度降ります。ヨエルはその雨に聖霊を見ました。神様の時が,必ずあなたに訪れます。