黙想の糧(12月2日)
ルカによる福音書 21:26〜28


人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。 …このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。

「頭を上げなさい」

 ルカに福音書21:27−28に「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくるのを見る。…身を起こして頭を上げなさい。」という言葉があります。イエス様が、世の終わりのことを語られた時に、「あなたがた」(キリストを信じる者)に言われた言葉です。
ここでの「人の子」という言葉は、人間の子という意味ではなく、キリストを指し示す言葉です(ダニエル書7:13参照)。イエス様は、世の終わりに起きる恐るべきことが起きても、ご自分が来られるのだから、うろたえず「頭を上げろ」と語られたのです。
 ところで、この「頭を上げる」という表現は、聖書ではへりくだりの終わりを意味していて、主に2つの用例があります。一つは、へりくだることのない高ぶりや優越感を指す悪い態度です。そしてもう一つは、へりくだりから与えられる「再起」や「承認」や「復帰」を示す時に使われる表現です。イエス様が「頭を上げなさい」と言われた意味は、この後者の「再起」の意味で語っています。
 詩編3:4に「主よ、それでもあなたはわたしの盾、わたしの栄え、わたしの頭を高く上げてくださる方」という言葉があります。ここで詩人が歌った「頭を高く上げる」の言葉こそ、それでも…というように「再起」を表す言葉です。
 キリストを信じていても、うろたえ、怯えて、頭を上げることができない状況は、この世の終わりでなくても、いくらでもあります。しかしキリストを信じるということは、私たちを取り巻く状況がどうであれ、「もう一度」という再起の場に立つ力が与えられているということです。主はこの世に人となって来られました。それは、あなたのため。あなたがもう一度立ち上がることができるように、主はご自分の命を、あなたに与えられたのです。