黙想の糧(5月31日)
ヨハネ福音3:8、使徒言行録15:36〜16:10

さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。 …パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。

「風は思いのままに吹く」

 聖霊は不思議で自由な風です。
その風が吹くとき、復活のイエス様の声が聞こえます。
凍りついた心は溶かされ、神の愛の明るさが包みます。
ヨハネはその出来事を「赦し」という言葉で語りました。(ヨハネ20:22〜23)

 今日は聖霊降臨日。聖霊が降り、福音が全世界へと広がり、
教会が生まれたことを喜ぶ記念日です。
聖霊の風は教会を通して、この世界に、
神の赦しを実現させようとしておられます。
私たちはこの神の計画に招かれ、
“赦され、赦す”福音を証する者として召されたのです。

 しかし、この聖霊の風がどこに向かって吹くのかはわかりません。
一つのところに留まろうとしないから、捉えることができません。
だから、私たちはしばしば、自分の心の声や人の声を、聖霊の音と聞き違えてしまうのです。
嘆き、怒り、呟きの声。
自分を、他者を赦さない思いが、聖霊の音を聞こえなくさせています(同3:11〜12)。

 使徒パウロの2度目の伝道の初めは、バルナバとの喧嘩でした。
二人は右と左の道に別れます。自分の声でいっぱいになるパウロ。
しかし、その時「聖霊に禁じられ」という不思議な方法で風が吹いたのです。
ここから、パウロの思いを超えて、ヨーロッパへと福音が伝わっていきます。
私たちの思いをはるかに超えて働かれる神の恵みは、
今、私たちの人生にも吹いているのです。